大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和38年(ネ)3号 判決

上告人 川口作治(仮名)

被上告人 川口太郎(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人安井源吾の上告理由について

原判決が、挙示の証拠関係から、被上告人と上告人との原判示離別以来すでに一六年余を経過し、現在においてはもはや両者間には経済的な扶養扶助の関係はもちろんのこと、通常の社会生活上一般に認められ要求される親子としての交際はみられず、また合理的な親子の関係として要請される精神的なつながりも全く失なわれているものと認めざるをえないとした上で、右のように養親子間における実質的な親子関係が客観的に破壊されたものと認められる場合に、一方の当事者がその養親子関係の解消を望むならば、養親子関係が破壊されるにいたった原因が、全面的にまたは主として、その解消を望む当事者側にある等身分法を貫く正義の原則に著しく反する特段の事情がない限り、その当事者の離縁請求は、縁組を継続し難い重大な事由があるとして許されるべきであるとして、右特段の事情の主張立証なく、これを確認しうる訴訟資料のない本件にあっては、被上告人の上告人に対する離縁請求は右重大な事由の存在を原因として認容されなければならないとしたことは、首肯できる。

論旨一は、原判決の違憲をいい、論旨二は採証法則違反、理由不備をいうが、その実質は原審の専権たる証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰着し、論旨三に掲げる判例は、いずれも事案が本件に適切でないから、論旨は、すべて採用できない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

上告代理人安井源吾の上告理由

一、 被上告人の上告人に対する離縁申入れは法律上妥当であったか。

(1)  上告人は昭和一〇年四月頃、被上告人の養子として縁組、翌年一一月四日入籍を為し、被上告人の長女明子と結婚し、爾来一五ヵ年間、被上告人の養子として、被上告人夫妻、妻明子及二人の子供等と生活してきた。

被上告人は元来田畑六反余を所有耕作していたが、傍ら日常雑貨の小売業を営んでいたので、農耕は一部は小作にまわし、その他は被上告人の妻が人を頼んでやっていた。上告人は農繁期には農耕の手伝をしたが、農閑期には予て経験のあるハッカの集買、ハッカ油の製造などを営み、養家の生活の一部を扶けていた。このことは縁組当時からの養父母の了解を得ていたものであった。その後上告人は大阪の親族の招きにより、妻明子と共に上阪し、牛乳販売業を営み事業も漸く曙光を見るに至った所、昭和一八年八月二〇日応召され、同二一年三月二一日中支より復員するまで、四年間大陸に於て激務についていた。復員後永年の出征により、心身の疲労等により、農耕なども思いきって精励することができなかった。被上告人はその間の上告人の行動に対しあきたらないものがあったと見え、皮肉な口吻で上告人を非難することがあった。斯くして翌年四月一三日、妻明子は心臓麻痺で死亡し、上告人は多大のショックをうけたが、被上告人は上告人の妻の四九日の会向直後、待っていたといわぬ計りに、突如として上告人に対し、妻も死んだこと故離縁するから出て行ってくれと云うので、上告人は事の意外に驚き、何等離縁になる理由がないから応じられないと断った所、被上告人の兄、川野次男、従兄小山某、本田一郎等を仲に入れ、前同旨のことを申渡された。勿論上告人はこの申入れを拒絶したが、被上告人は尚これをきき入れないので、上告人は止むなく、○○村農地委員会宛に乙第二号証一、二の如き嘆願書を提出した所、同委員会としてはかかる事案は地元農地委員をして示談的に解決するのが妥当なりとして、委員大山一男をして仲裁の労をとらしめ、同人は被上告人に対し別に上告人を離縁する理由がないから、せめて一〇万円位でも出して示談にしたらと勧告したが(上告人はその話は拒絶した)被上告人はこれを肯んじなかった。

その後、昭和二二年一〇月四日頃に至り、被上告人は近隣者合田良吉外五人に依頼し、再度離縁話をもちかけたが、上告人の今日までの川口家養子としての生活態勢に鑑み、別に縁組を継続し難い重大なる事由もなく、又子供の保護養育上からも、養子としての面目上からも離縁する意思のないことを表明したが、尚被上告人及関係者等が強く勧めるので、離籍は他日時期を見て実行する旨、約定書(乙第一号証)を作成したものであるが上告人は川口家を離縁する意思はなかった。然るにその後において、被上告人は上告人に対し、何等法的理由のない離縁を納得せしめる上においての処置を講ぜず、高飛車に離縁の訴を提起するに至った。

以上の事実は上告人提出の乙第一号証、同第二号証一、二、証人合田良吉、同川口勇、同大山一男、同川口行男、同三神治男の各証言、被告並に控訴人の本人訊問の結果を綜合して明らかに、これを認めることができる。

上告人は被上告人と養子縁組して、今日に至るまで民法八一四条第三号所定の如き養子縁組を継続し難い重大なる事由となるが如き言動を為したることはない。むしろ被上告人こそ、上告人の亡妻の四九日の会向の直後一五年間の長きに亘り、養親子の関係にあった上告人に対し妻の死んだ今日離縁するからと強引に無慈悲に而も多勢の隣人等を仲に入れて、いやがる上告人をして離縁を強要するが如きことは、憲法第一一条所定国民の基本的人権の侵害行為であって、正に憲法違反に該当するものというべきである。

二、 上告人の養子縁組中の川口家における生活上前述の通り、縁組を継続し難い重大なる事由などはない。

然るに原審判決は、被上告人が多衆を頼んで上告人を離縁するに応わしい証言を為したる部分のみを採用し、上告人及その証人等の証言は全部これを斥け、上告人敗訴の判決を為したことは、裁判所が採証上の法則に反するのみならず、判決理由を附せないと同様の結果に陥らしめたものであるから上告理由となると思う。

三、(1)  判例大系七二〇頁

養親子が終戦後の同居以来不仲となり、現在においては相互に、何等の情愛も存在しないが、将来再び従前のような情誼が復活する見込がないとはいいきれないだけでなく、不仲の原因も被告(養子)の責に帰すべき事由によったものと認め難く、又不仲となったのちの養子の言動に特に非難すべき行動が見当らないのに、過去において、永年原告(養親)に尽した養子の行動を無視して、養子に離縁を強制するは、養子に対して酷であるというべく従って養親子間には縁組を継続し難い重大な事由は存在しない。

昭和二九年三月一九日、広島地裁判決、昭和二七年(タ)第一一号

(2)  判例大系七二三頁

養親に対し不相当な言葉があっても、相互の間が不和な間柄同士の売り言葉や一時的な感情からの言葉である場合には、侮辱という程のものではなく、独立の「継続し難い重大な事由」とすることはできない。

昭和二五年一一月六日、神戸地裁判決、昭和二四年(タ)第二六号

(3)  判例大系七七六頁

養子が盆、正月に養親の宅に出入りしない事実は離縁事由とすべき侮辱にはあたらない。

大審院大正一五年九月二三日、大正一五年(オ)第二二二号

右の判例に示す通り、民法八一四条第三号の縁組を継続し難き重大なる事由は、判例表示の程度のものは、これに該当せず、余程悪質にしてもっと程度の重いものでなければ、離縁の事由とはならないことは明らかであるから、本件被上告人と上告人との間柄に発生した程度の事由では縁組を継続し難い重大なる事由ということはできない。

以上所論の如く上告人としては離縁の法的理由もないのにこれを民法八一四条第三号に該当するとして、離縁の判決を為したることは憲法違反であると同時に理由を附さないで事実を判断した違法があるから破棄さるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例